磁性の研究は物性物理学の中でも大きな分野をなしている。磁性体には強磁性(フェリ磁性)、反強磁性体、スピングラス等多彩な顔ぶれがある。これらの磁性の起源は固体中の電子の磁気モーメントにあり、それらが協力的に働いていろいろなタイプの磁性が出現する。これらの磁性の性質や起源を調べることは、本質的に量子力学的に理解されるべき多体問題であり重要な基礎的課題である。 磁性体は、もちろん、他方で幅広い応用面がある。このための基礎的研究もまた当研究室が行っているものである。現代のコンピューターに使われるメモリとしてはだんぜん磁性体が多く、それに関連して高性能の希土類磁石やソフト磁性体の開発、また、アモルファスや人工格子の磁性体の磁性の研究、ナノスケールでのスピンの諸現象を研究するナノスピニクス、巨大磁気抵抗効果(GMR)、トンネル磁気抵抗効果(TMR)等、電気伝導と磁性が関係するスピントロニクスなど研究課題もたくさんある。本研究室では幅広くこれらの磁性の基礎的な研究を行っている。
現在、産総研・アネルバで作製したMgOの単結晶障壁を持つトンネル磁気抵抗素子(TMR素子)は室温で271%という高い磁気抵抗比を示し、高性能の磁気ヘッドやMRAMとよばれる新しいメモリーの素材として注目を集めている。この大きなTMR発現には素子の強磁性体電極と絶縁体層の界面の状態が重要な鍵を握る。我々は産総研のスピントロニクスグループ、高エネ研、阪大との共同研究によりAl2O3層やMgO層に接したCoやFe1層およびウエッジ層の電子状態を高エネ研にて放射光でXASやXMCDを測定することにより調べている。放射光では磁性原子の内殻からの吸収を選択的に十分な強度で見ることができるので、CoやFe1層の電子状態が観測され、解析により、スピンおよび軌道磁気モーメントの値が得られる。
正負の交換相互作用が競合するようなスピン系では、低温でフラストレーションと呼ばれる現象がおき、ランダムな方向に各スピンが向いて凍結する。このような物質をスピングラス(SG)と呼ばれ、多くの研究がなされてきた。これまで得られた自由エネルギーの多谷構造の概念、スローダイナミクス、エイジング現象などの概念は他のランダム磁性体や複雑系を研究する上でのプロトタイプとされるばかりでなく、脳のモデルや画像処理の方法に応用されてきている。さて、交換相互作用は強磁性的でも局所的な異方性が場所ごとに異なるようなランダム異方性を持つ磁性体(RAM)においてもSGと似たような振る舞いが見られる。しかし、その磁気的性質はSGより多彩で独自の相を持つ新しいクラスに属する、とされている。現在は、典型的なランダム異方性を持つ磁性体である、希土類・Fe金属アモルファス合金をスパッタ法で作製し、その臨界現象について、ランダム異方性とSGの問題を関連させて研究している。現在は、特に緩和現象に重点を置く。最近、アモルファスNdFeやHoFeの交流帯磁率測定により低周波(数Hz)においてもその虚部分が実部分と同じオーダーの大きさを持つ長緩和現象を見出した。これは弱いランダム異方性を持つ磁性体がSGとくらべて3から4桁も長い緩和時間側にその分布が偏っていることを示している。また、ごく最近ではa−NdGdFeなどで交流帯磁率の巨大な交流磁場の振幅依存性を見出した。これはこの磁性体がSGと似た自由エネルギーの多谷構造を持つものの、その深さがSGより浅いからではないか、と考えている。また、この系のエイジング現象も観測した。
最近、異なる物質や構造からなる層を交互に積み上げて人工的に作った薄膜(人工格子)の電気的、磁気的性質に興味がもたれている。例えば、非磁性層の上下の磁性層間には層の厚さで変化するような交換相互作用が働くとか、磁場によって大きく電気抵抗が変化する巨大磁気抵抗効果(GMR)が見られる、等の新しい磁気的な現象が発見されている。我々は分子線エピタクシー(MBE)装置やマグネトロンスパッタ装置によりこのような多層膜を作製している。最近ではダイアモンドやMgO基板上にCuやNi薄膜を成長させ、その磁気光学効果を観測した。また、磁性層をウェッジで作製し、その厚さによって量子井戸効果がどのように働くかを見た。また、磁気記録材料の関係でSmCoCu/Smなどの多層膜をアニーリングし、保磁力の大きな薄膜などを作製した。そのほか、FeやCoとAgを同時に蒸着した薄膜において「逆磁気抵抗ヒステリシス」、「逆磁気ヒステリシス」などの現象を観測した。